登呂遺跡(とろいせき)

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更新日:
 2017年8月25日



◎登呂遺跡(とろいせき)(2017年8月22日)
 「登呂遺跡(とろいせき:Toro Ruins)」は、静岡県静岡市駿河区登呂5丁目にある水田遺構を伴う弥生時代の集落遺跡、低湿地遺跡です。太平洋戦争中の1943年(昭和18年)7月10日、戦闘機のプロペラを作るための軍需工場を建設する工事の際、土の中から土器や木製品などが見つかったそうです。戦争中だったため、短期間の簡単な発掘調査しか行われなかったものの、住居や倉庫、水田の跡が見つかり、さらに土器、石器、木製品などが発掘されたそうです。
 戦後間もない1947年(昭和22年)から1950年(昭和25年)にかけて、本格的な調査が開始されました。発掘調査には考古学だけでなく、地理学、動植物学、建築学などの各分野の専門家が参加したそうです。
 調査の結果、12棟の住居、2棟の高床倉庫、8ヘクタールの水田跡が発見され、弥生時代後期(約2000年前)の稲作を中心とした集落(登呂ムラ)の姿が明らかになりました。住居や高床倉庫の形については、銅鐸や土器に描かれた絵などをもとに議論が重ねられ、1951年(昭和26年)に最初の復元住居が作られました。
 1952年(昭和27年)には、日本の稲作文化が初めて証明された遺跡であり、戦後考古学の先駆けとなる遺跡であることが評価され、弥生時代の遺跡としては初めて、国の「特別史跡」に指定されました。
 1965年(昭和40年)には、登呂遺跡の南側に東名高速道路が建設されることにともない、発掘調査が実施されました。この時の発掘調査によって遺跡から南側の位置まで水田が広がっていることが分かりました。
 1999年(平成11年)から2003年(平成15年)の5年間にわたって、登呂遺跡の再発掘調査が行われました。その結果、この地域の集落は洪水による被害を受けながらも、弥生時代後期から古墳時代(1世紀〜5世紀)まで続いた遺跡だったことが明らかになりました。また、住居や高床倉庫の他に祭殿が建てられていたこと、住まいの区域と水田の区域の境には水路がつくられていたこと、水田の大区画の中をさらに小区画に分けていたことなど、新しい事実が明らかになりました。
 こうした発見に基づいて遺跡の再整備や登呂博物館の建て替えが行われ、2010年(平成22年)10月3日に現在の登呂博物館がリニューアルオープンされました。現在、登呂遺跡は「登呂公園」として整備され、各種建物などが復元されています。

・火起こしの像

























・登呂遺跡(とろいせき)
 住所:静岡県静岡市駿河区登呂5-10-5
 電話:
 営業時間:9時〜16時30分
 定休日:無
 料金:無
 駐車場:有
 アクセス:JR、静岡駅南口から車で約10分