阿波神社(あわじんじゃ)

  メニュー

TOPページ 

観光地 

地域情報 

日本のホテル 

日本のニュース 

日本について 

美味しいもの 

海外事情 

海外のホテル 

食品の話 

雑学 

用語辞典 

リンク 


更新日:
 2019年4月26日



◎阿波神社(あわじんじゃ)(2019年4月11日)
 「阿波神社(あわじんじゃ)」は、徳島県鳴門市大麻町にあり、後鳥羽天皇の第一皇子である土御門天皇(つちみかどてんのう、1195年〜1231年)を主祭神とする神社です。
 土御門天皇は父である後鳥羽天皇の譲位によって建久9年1月11日(1198年2月18日)に3歳で天子の位を受け継ぎ、同建久9年3月3日(1198年4月10日)、第83代天皇に即位しました。しかし、実際には後鳥羽上皇による院政がしかれていました。そして鎌倉幕府と関係が悪化していった後鳥羽上皇は、穏和な性格が心許ないと考えた後鳥羽上皇によって退位を迫られ、承元4年11月25日(1210年12月12日)に異母弟の順徳天皇に譲位し、同承元4年12月5日(1210年12月22日)に上皇となりました。そして1221年(承久3年)、後鳥羽上皇が鎌倉幕府執権の北条義時に対して討伐の兵を挙げた承久の乱(じょうきゅうのらん)で敗れると、後鳥羽上皇は隠岐島に、順徳上皇は佐渡島に配流されました。
 一方、土御門上皇は承久の乱には関与していなかったとして処罰されなかったものの、父である後鳥羽院が遠流であるのに自分が京にいるのは忍びないと、自ら申し出て1221年(承久3年)閏10月10日、土佐国に流されました。その後、貞応2年(1223年)5月、より都に近い阿波国に移されました。土御門上皇は1231年11月6日(寛喜3年10月11日)、37歳で没するまで、この地に住みました。そして土御門上皇が亡くなった後、地元の人達が「土御門天皇社」を建て、「天皇さん」と呼んで祀っていたそうです。
 土御門上皇の埋葬地には諸説あったそうですが、明治維新後の1872年(明治5年)、当時の宮内省が池谷の地を火葬地(土御門天皇火葬塚)と定めました。そして1875年(明治8年)には、丸山神社と改称されました。
 その後、1940年(昭和15年)、徳島県は皇紀2600年の記念事業として荘厳な社殿の造営を計画し、県民から寄付を募り、1943年(昭和18年)10月7日に「阿波神社」として完成しました。
 なお、徳島県阿波市土成町に土御門帝が住んだとされる「土御門上皇行宮跡」と、終焉の地と伝わる「御所神社」があるそうです。























・阿波神社(あわじんじゃ)
 住所:徳島県鳴門市大麻町池谷
 定休日:無
 料金:無
 駐車場:有