一宮神社(いっくじんじゃ)

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更新日:
 2020年11月25日



◎一宮神社(いっくじんじゃ)(2017年11月5日)
 「一宮神社(いっくじんじゃ)」は愛媛県新居浜市にある神社です。「一宮神社」と言えば、各地域の一の宮で、「いちみやじんじゃ」と呼ばれることが多いと思いますが、この神社の名称は「いっくじんじゃ」だそうです。
 新居浜市内の中心部に位置し、新居浜太鼓祭りで川西地区のかき比べが行われることでも知られている神社です。参道や社殿の周囲には、約90本の楠が植えられており、国の天然記念物に指定されています。幹周り1m以上の楠が53本も群生する中でも、拝殿の横で存在感を示している「一番楠」と呼ばれる楠は、樹齢約1000年で幹周り9.4mとも言われ、境内で最大の楠です。
 「一宮神社」の創建年代は不詳だそうですが、古くより大山積神(おほやまつみのかみ)を祀っていたそうです。社殿は推古天皇の時代に伊予皇子の裔越智益躬が造営したと伝わり、その後、何度か普請があったようです。709年(和銅2年)に大三島より雷神(いかづちのかみ)、高?神(たかおかみのかみ)を勧請し、郡一の宮と崇められたそうです。
 嵯峨天皇(786年10月3日〜842年8月24日)は自身の養母(賀美能宿禰)の出身地である新居郡とは縁深く、一宮神社は嵯峨天皇の勅願所としての崇敬を受け、「神号正一位一宮大明神」の額を賜っているそうです。
 1585年(天正13年)に起こった天正の陣(羽柴秀吉の命を受けた毛利氏の小早川隆景率いる軍勢が伊予国新居郡(現在の愛媛県新居浜市)に上陸し、金子城城主金子備後守元宅率いる地元勢力と戦い、毛利軍が勝利した)の際、毛利軍と小早川軍の兵火によって全焼しました。
 その後、毛利家には不幸事が相次いだことから、「嵯峨天皇や上仙菩薩の祟りがおりた」と恐れられ、1620(元和6年年)に毛利長門守と伊予松山藩主、加藤嘉明が協同で社殿を建立、再建されました。(天正の陣において毛利軍と小早川軍は新居郡内の寺院の多くを焼討ちにしています。この中には嵯峨天皇の勅願寺である大生院の石鉄山正法寺も含まれています。)この時、毛利氏は御分霊を長門国の萩城下に勧請して分社を建て、厚く奉ったそうです。
 1670年(寛文10年)に伊予西条3万石を与えられた初代西条藩主、松平頼純は1670年(寛文10年)11月に社領高二石を奉献しました。その後、松平頼純は1695年(元禄7年)には数度にわたって神供料を献納し、毎年9月18日を定例にして、直参、代参を立てられたそうです。
 伊予西条藩の初代藩主、松平頼純が1705年(宝永2年)、現在の社殿を造営し、「西条藩六社」に加えました。さらに松平頼純は1704年(宝永元年)11月に寄進し、翌1705年(宝永2年)8月、現在の本殿を完成させました。
 拝殿は1897年(明治30年)、幣殿は太平洋戦争後に建てられました。その後、2017年に拝殿と幣殿を合わせた拝殿が新築されました。































































・一宮神社(いっくじんじゃ)
 住所:愛媛県新居浜市一宮町1-3-1
 電話:0897-32-2054
 駐車場:有
 アクセス:JR、新居浜駅から車で約5分