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更新日:
2018年2月3日
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◎別所沼公園
別所沼公園は、さいたま市南区別所にある別所沼(べっしょぬま)を中心とした公園で、敷地面積は79,000平方メートルです。別所沼は洪積台地である大宮台地の谷中に位置しており、大宮台地が浸食されてできた谷底低地から湧き出した水が溜まり、沼になったものと考えられています。そのため100万年の歴史があるとも言われています。
別所沼公園の始まりは1926年(大正15年)、深川の小島長次郎が私財を投じて沼の周囲の土地を買い、周辺に桜や藤棚などを植え、野球場やプールなどを造ったことだと言われています。この遊観地は「昭和園」と名づけられ、大宮の氷川公園に劣らぬ賑わいであったそうです。この時、沼の中央の西側に弁天島という島が作られ、1927年(昭和2年)に深川の洲崎神社より弁財天を分祀した別所沼弁財天が建てられました。
1951年(昭和26年)に旧浦和市が荒れていた昭和園を買い取り、別所沼公園と改称して都市公園としての整備を始めましたが、公園の整備が市の財政を悪化させることになり、1956年(昭和31年)3月1日に浦和市は公園を埼玉県へ寄付する形で移管しました。
2001年(平成13年)に合併によってさいたま市が設置されたことを記念して、公園の管理権が埼玉県から浦和市に移管され、合併後はさいたま市に自動的に承継されました。2003年(平成15年)にさいたま市の政令指定都市移行を記念して、公園の所有権もさいたま市に移管(事実上の返還)されました。
また、詩人、立原道造が設計したものの実現に至らなかった「ヒアシンスハウス(風信子荘)」が、2003年(平成15年)4月に着工され、2004年(平成16年)11月に完成しました。この家は4.5坪(15m2)の小さな建物で、浦和在住の詩人で先輩の神保光太郎を慕い、この地に計画したものだと言われています。
最近では護岸整備(沼の南側は2007年2月に完了、北側はそれ以前に完了している)が行われ、噴水や散策用に沼に迫り出したデッキ(数年に一度取り壊し、新しいものに取り換えられている)、沼の周辺を走れるジョギングコースなども整備されています。
2014年(平成26年)春には、水質改善のため1927年以来87年ぶりにかいぼりが行われました。当初は堆積したヘドロの撤去も検討されましたが、9億円の費用がかかると試算されたため、3000万円程度で済むかいぼりが選ばれました。そのため1カ月ほど沼の水が抜かれ、沼底を見ることができました。その間に外来魚の駆除やゴミの引き上げが行われました。同時期に行われていた井の頭公園のかいぼりでは自転車などの大量のゴミが出て問題視されていたため、別所沼でも87年分の相当数のゴミがでることが予想されたが、ほとんどゴミが引き上げられることはなく、沼底はきれいでした。また4匹のウナギの生息が確認されましたが、3匹のウナギは干し上げ期間中の飼育の間に死亡しました。
別所沼には、沼の底に大蛇が住んでいるという言い伝えがあり、どんなに日照りが続いても水が涸れることがなかったという伝説があるそうです。日照りが続くと明治維新の前、あるいは昭和初期の頃まで、日照りの時に別所沼の主である大蛇をカヤで大きな蛇形を作り、何十人もの若者が沼に入って、かけ声をあげて長時間暴れ回り、大蛇を怒らせて雨を降らせようとする、雨乞いの儀式が執り行われていたといわれています。
別所沼は釣りも可能で、休みの日には釣り人が釣り糸を垂らしています。沼の周囲には中国原産のメタセコイアやメキシコ原産のラクウショウなどが生い茂り、緑豊かな公園です。木々の間を抜けるように散歩、ジョギングコースが設定されており、水と緑と広場が調和した公園として、家族連れの散歩や学校の野外学習などに利用され親しまれています。





・別所沼公園(べっしょぬまこうえん)
住所:埼玉県さいたま市南区別所4-12-10
電話:048-711-2290
開設:昭和26年9月
アクセス:JR、埼京線、中浦和駅、徒歩5分
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